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サインデザインのプロフェッショナル 世界観に溶け込んで理想の作品体験をつくる
チームラボの国内・海外でのアート作品展示におけるサインのプランニングとサインデザインを担当する「サインデザイナー」。建築設計事務所から転職し、サインに特化したデザインでアート作品の体験を支えるメンバーにインタビューしました。
梅田 悠華子 サインデザイナー
東京藝術大学油画専攻を卒業後、壁画第二研究室で古典技法を学びながら、石や土、ガラスやモルタルなどの素材を扱い自主制作を行う。その後設計事務所に入社し、住空間からスケボーパーク、フットサルコート、ホテル、商業施設・展示場内装などさまざまな設計に携わる。2022年1月、サインデザイナーとしてチームラボに入社。
チームラボに入る前-建築設計を通じて出会ったサインデザイン
-チームラボに入る前のことについて教えてください。
東京藝術大学で油画を学んだのち、建築設計事務所を経て、2022年にサインデザイナーとしてチームラボに入りました。
幼い頃から絵を描くのが好きだったのですが、中学2年生のときにテレビ番組で東京藝術大学の存在を知り、「絵が上手い人が集まる大学があるんだ。じゃあ私、ここに行く!」と言ったのがすべての始まりです。家族から「あなたに行けるわけがない」と言われて、心に火がついてしまったんですよね(笑)。それ以降、ガツガツ絵を描くようになりました。
卒業後に就職した建築設計事務所では、約5年の間に住宅の設計からオフィスの内装、ホテルやフットサルコートといった商業施設にも携わりました。その中で担当するようになっていったのがサインデザインです。グラフィックデザイナーがいなかったため、制作物のひとつとしてつくっていました。
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-チームラボへは、どのような経緯で入られたのでしょうか?
実はチームラボ自体は新卒採用のときに受けています。「KENPOKU ART 2016」という芸術祭で展示を見たことがあり、そこでの体験が自分のやりたいこととぴったり合っていたのが印象に残っていたんです。
当時応募したのはカタリスト職でしたが、今回サインデザイナー(*) という職種での募集を見つけて、改めて応募することにしました。建築設計事務所で積んできたサインデザインの経験ともマッチしていましたし、何より、グラフィックデザインのスキルだけでなく空間を把握する力が必要で、見る人との関係性も考慮する必要があるサインデザインの仕事に、とてもやりがいを感じていたからです。良い形で進み、2022年にチームラボに入りました。異なる職種での募集で改めて機会が巡ってきて、本当に良かったなと感じています。
* サインデザイナーとは?
チームラボの国内・海外でのアート展示におけるサインのプランニングとデザインを担当
サインデザイナーの仕事-シーンを想像し、理想の体験へといざなう
-サインデザインにおいて、最も大切なことは何でしょうか?
サインが置かれるシーンをイメージすることが大切です。例えば、「人が歩いて通るときに、この位置にサインがあったら気づきやすいし、スムーズに案内できて良い体験をつくれる」といった感じでしょうか。
これは建築との共通点とも言えます。建築でも設計段階でシーンをイメージする必要があって、たとえばチームラボのオフィスであれば「丘の上に座りながらリラックスして会議をする」といったように、「その空間でどのようなユーザーエクスペリエンスを与えたいか」を必ず考えるんです。
そうやってお客様の体験をつくるものだからこそ、サインデザインひとつでアート作品そのものの良し悪しを左右してしまう可能性もあります。その空間の世界観に馴染んでおらず、現実に引き戻されるようなサインは嫌ですよね。サインまで含めて作品づくりですし、私自身も作品づくりを行うチームの一員だと考えています。
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印象的なプロジェクト-世界観に合わせ、自然物でつくりあげた「幽谷隠田跡」のサイン
-これまでに担当した中で、特に印象的なプロジェクトについて教えてください。
2024年9月30日に茨城県・五浦にオープンした「チームラボ 幽谷隠田跡(以下、「幽谷隠田跡」)でしょうか。広大な敷地内にかなりの数のアート作品が展示されていて、棚田跡を森と一体となった作品空間へと変えるプロジェクトです。
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私自身がこのプロジェクトにアサインされて動きはじめたのは、2024年の4月頃です。まずはプロジェクトの概要を把握し、情報をインプットすることから始めました。その時点ではまだ作品は完成していないので、図面だけを頼りに導線を考え、作品の詳細が見えてきた7月頃からサインデザインへの落とし込みを始めました。
今回のプロジェクトが他と大きく異なるのは、敷地内にはアート作品の展示だけでなく源泉掛け流しの温泉やグランピング施設などがあり、それらもチームラボで監修を行っているところです。展示のコンセプト紹介や作品のキャプションなどのデザインはもちろん、グランピング施設の誘導サインのデザインや、コテージの名称決めなどにも関わっています。現場でのやりとりも非常に多く、多くのメンバーや関係者の方々と連携しながらつくりあげていきました。
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-特に大切にしたのは、どのようなポイントですか?
お客様は1日中この空間の中で過ごすことになるので、世界観をどれだけ体験してもらえるかを大切にしました。いつもは過去の展示を参考にしてデザインの方向性を決めることが多いのですが、「幽谷隠田跡」はこれまでのものとはまったく異なる世界観を持っているので、それを壊すことがないよう、特に素材にこだわりました。会場内では、地元の石で庭をつくったり、山から切り出した木でベンチをつくったりとその場にある自然素材を使っていたので、そこからヒントを得てデザインに落とし込み、最終的には現場を見た上で、サインの施工者さんと相談しながら素材や配置を決めていきました。
-是非、こだわった部分や制作のエピソードを教えてください!
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この岩に描かれた「幽谷隠田跡」のロゴは、全体に塗料を吹きつけるだけではぼやけてしまうので、一つひとつ細かく手を入れました。ゴツゴツした岩肌にロゴが乗っていますが、崩れることなくしっかり読めるのではないでしょうか。岩の積み方にもこだわっていて、もともとの状態からショベルカーで動かしていただいて今の積み方にするなど、大きく手を加えています。
メインエントランスの看板は、「山の中の雰囲気のある場所に来たぞ」と感じてもらえるようなものを目指して、代表の猪子と相談しながら決めていきました。
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-時を経て素材の状態や景観が変わっていく部分なども、良い味わいになりそうですね。
おそらくエントランスの看板も反り返ったり、塗装が剥げてきたりすると思いますが、それ自体を狙っているというか、そうなってほしいというか。実際に時間を経たときにどのように見えるか、私自身もとても楽しみです。
今後の展望-やったことのないサインデザインに挑戦しつづけたい
-今後、挑戦してみたいことはありますか?
もともと「素材」に関心を持っていたので、今後も自然素材によるサインの可能性を探っていきたいと思っています。「幽谷隠田跡」でもやったことのない表現にたくさんチャレンジできましたが、「光だけでサインをつくれないか?」「水中ならどんなサインにする?」などいろいろと試してみたいです。
チームラボのアート作品には、すべての部屋が区切りなくつながって作品が出入りするようなボーダレスなものも多いので、現在は特に「壁がない中でどうサインを見せるか?」を試行錯誤しています。最近、うまく空間に馴染みそうな方法を見つけたので、是非取り入れてみたいなと考えています。展示の規模的につくらなければいけないサインの量が膨大なので、ほどほどに…と思いつつも(笑)、やったことのない表現を考えるのはやっぱりやりがいを感じるので、これからもたくさん挑戦していきたいですね。
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サインデザインは、理想の体験を目指してお客様と向き合うこと
-サインデザイナーとして、どのような方と一緒に働きたいですか?
サインはグラフィックデザインの一部として扱われることが多いですが、グラフィックデザインのスキルだけでなく、空間に置かれたときにどのような効果を発揮するか考えたり、体験を想像しながらつくる力が必要です。ユーザーエクスペリエンスとして、空間と人とアート、この3つを一緒に考えながらつくっていくことを楽しめる方がいいですね。建築やグラフィックデザインの分野でサインをつくった経験のある方は多いと思うのですが、その枠からはみ出してみたい方にはとてもやりがいのある仕事だと思います。
あとは、やっぱりこの仕事を前のめりで楽しめる方がいいですね。考えなければいけないことも多いので、探求心が強い方に向いているのではないかと思います。「これ無理じゃないかな?どうやってやるの?」という難題も非常に多いですが、そういうものこそ、やり遂げたときに大きな達成感を感じられるはず。何もない状態からデザインを起こし、モノとして出現させるので、達成感はひとしおです。
加えて、サインは運営にも絡むものであり、お客様の反応から学びを得られるのもユニークな点です。たとえばお客様が迷子になって滞留してしまっているとしたら、それはサインがうまく働いていない証拠。反対にスムーズに進んでいたり、お客様が迷わず選択できているのであれば、そのサインは成功していると言えます。そのため必ずお客様の動きや流れを観察して、「ここは上手くいった」「ここは工夫が必要」と検証して改善していきます。
-つくって終わりではなく、お客様の体験を検証し、課題解決するような部分もあるのですね。
一方通行でスムーズに進んでもらいたい展示もあれば、「チームラボボーダレス」のようにさまよい探索して発見することがコンセプトな展示もあるなど、展示毎につくりたい世界観や体験は異なります。それぞれの理想の実現に向けて、運営上であがってきた課題をサインで解決できたときは、とても達成感がありますね。突き詰めれば人と向き合う仕事であり、お客様の反応があってこそのものだと思います。
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-ありがとうございます。最後にメッセージをお願いします!
これからもチームラボでは、京都やアブダビ、ハンブルクなどでも常設展のオープンを予定しており、今までにはないアート作品をつくり続けていくので、是非一緒に「やり切ったね!」と言いあえる方と出会えたら嬉しいです。サインデザインはニッチな領域だと思いますが、是非その魅力や苦労について語り合える方からのご応募をお待ちしています。
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